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2009年7月 7日 (火)

兵庫県知事選挙(09年7月5日投票)の結果について

 過ぎてしまえば、アッという間の県知事選挙でした。疲れもありますが、たまった仕事をかたずけるのと、生業もやらないと食べてゆけません。「憲法が輝く兵庫県政をつくる西宮の会」の代表幹事としましては、選挙総括もしなければなりません。

 とりあえず、ご支持ご支援を頂いた有権者の皆さんへ、ご挨拶をしておかなければなりません。選挙結果を受けて、「会」の立場も明確にしておかなければなりません。でも頭の中は、片付かない仕事の事で、回転がストップ状態です。

 仕方がないので、「憲法が輝く兵庫県政をつくる会」(県全体の組織)の代表幹事の1人でもあり、はげしく学び はげしく遊ぶ(石川康宏研究室) マルクス主義的ワルモノ経済学者の多角的アタフタ人生 いまは兵庫県知事選に夢中です のブログの管理者でもある、石川教授のコメントを紹介しておきます。

 アクセスは下記のURLをクリックしてください。

http://walumono.typepad.jp/blog/2009/07/post-41fb.html

2009年6月28日 (日)

???(20)

解散は やれないけれど 期限です

                   太郎坊

議員次女 それってヤッパ 世襲でしょ

                   H県民

戦後64(ムシ) 4世議員 許すのか?

                   K県民

選挙戦 失言すると 顔出さず

                   官僚で

無党派が 雪崩現象 世が変わる

                   メル友

2009年6月24日 (水)

現代金遊考(16)<メタボ大企業のダイエット大作戦>

 サラ金は社会に不必要な存在で、撲滅するしかないものです。85年当時は、人の家のドアに赤ペンキで「金返せ!眼売れ!死ねバカ!」と書くのが、当たり前のような時代でした。当時、サラ金の金利(年率)は100%もありました。返せなくなるのは当然のシナリオでした。そんなサラ金の一部が、今日、メガバンクの子会社になったり、大手サラ金をやっているのですから、世も末というべきでしようか。

 当時も自殺者が頻発し、『貸金業規制法』が制定されました。しかしながら、手を変え品を変えての詐欺商法で、多重債務者を乱造する事に規制はかかりませんでした。一昨年の年末の臨時国会で、『貸金業法』の強化が行われ、来年6月には違法金利の営業に罰則が適用されます。

 とは言いながら、許されている『利息制限法』の金利は、昭和29年に改定されたままです。その時の銀行金利は10%程度で、現代の100倍程度の時代です。15~20%の『利息制限法』の金利も、超高金利には違いありません。この金利で営業するサラ金は、高利貸しに違いはありません。

 高利貸しのサラ金に、お金のある人が借りるわけはありません。収支不足に陥った人が借りると、借りた以後の収支は一層悪化するのは、算数の計算でも明らかです。サラ金が社会的に役に立つ場面は皆無なのです。無用の長物でも、儲かれば何でもやるのが現代。いやはや、不道徳の塊みたいなものです。

 今でも「借りる奴が悪い!」という人がいます。確かにサラ金に借金して、良いことなどある訳がないのです。では、クレジットカードを何枚も財布に入れている人を見ますが、この人たちも「借りる奴」には違いがないのです。弁護士会が依頼者から報酬を受け取るのに、クレジットカードでの受取を拒否しているのをご存知でしょうか。クレジットカードは多重債務の入口であるのは、相談活動をしている者の常識です。だから、弁護士会はクレジットの受取を拒否しているのです。

 クレジット会社のキャッシングは、サラ金そのものなのです。人が良いのは害悪ではありません。そこにつけ込むのが詐欺師です。サラ金は言ってみれば詐欺師集団です。借り手に損を与えるのに、あたかも助けるかの風を装います。警察官が言っていたのを思い出します。「詐欺師はプロ、騙されるのは素人だから、騙されるのが当たり前なんです。」また、こうも言っていました。「私は絶対に騙されない、という人が一番騙されやすいのです。」実は「借りる奴が悪い!」という人が、多重債務者の二次被害にあったケースが多いのも事実です。結局、間接的にサラ金に騙され易い人なのです。

 さて、『徳政令』と言う言葉をご存知でしょうか。鎌倉・室町時代からある為政者のする政策の一つです。現代にも『破産』だとか『会社更生』、または『個人再生』といって、借金を棒引する制度があります。『徳政令』というのは、社会全体の借金の棒引をする事です。江戸時代にも高利貸しから、江戸に住まざるを得ない御家人等が、借金に首が回らなくなり、『徳政令』が行われたと言う事です。

 高利貸しは高金利でぼろ儲けをして、蔵には有り余る大判小判があふれていた事でしょう。一方、スッカラカンの御家人は、逆様にしても鼻血も出なかった事でしょう。ですから、高利貸しが貸し付けたくとも、誰も借りない状態があったのは間違いありません。そこで公方様(将軍様)が『徳政令』を発して、高利貸しからの借り手の借金を棒引したのです。

 その辺の詳しい時代考証は杉浦日向子(江戸風俗研究家)さんに聞くしかないのですが、若くしてお亡くなりになったので、聞くことは出来ません。『徳政令』で、誰が得をしたのでしょうか。借り手であることは間違いなくとも、借り手が正常な社会活動に復帰する事で、経済が活性化されます。公方様も得をした1人でしょう。何と言っても、また高利貸しが流行って、高利貸しが最も得をしたというのが実態である事は間違いありません。

 鼻血の出ない借り手に、借金の棒引をしてやりたくとも、他の高利貸しがやらない棒引を、自分だけがやると言う者はいなかったでしょう。だから、経済が疲弊して、どうにもならないのですが、高利貸しに解決は無理のようです。そこに公方様の政治力が必要なのです。公方様の『徳政令』で、『三者一両得』と相成り、目出度し目出度し。

 現代日本社会を見ると、資本金10億円以上の大企業だけで、内部留保(税金のかからない純利益)は230兆円とも270兆円とも言います。大企業は超メタボ状態である事は、誰の目にも明らかな事です。『派遣切り』が社会問題になりましたが、昨年秋から今年の春にかけて、40万人もの失業者を特定の大企業だけで発生させています。これらの派遣社員を全員、正社員にして年収500万円を与えても、たった2兆円にしかならないのです。何と内部留保の1%にもならないのです。

 大企業にとって、雇用を維持する事など、爪の垢ほどのことでしかないのです。では何故、競い合って失業者の乱造をするのでしょうか。結局、派遣社員の事を、我社だけが護っては、他社に不利になってしまうと言うのです。

 現代企業決算は、株式の時価で計算されることになりました。額面の何倍、何10倍にもなっている株価は、まさに株式のバブルそのものです。実態のない駆け引きで吊り上げあっているバブルの頂点で、綱渡りしている状態です。株価が少し下がるだけで、その企業資産は大きく減少します。四半期ごとの決算で、大きな資産減少を報告しなければなりません。そうすると、更なる株価の下落を生み、転落する事になるのです。

 結局、首切りの必要性はなくとも、対前年度比で、純利益の向上を粉飾する為に給与額を圧縮する必要があるのです。単にそんな別の理由から、何の落ち度も必要性もない、派遣社員を解雇するのです。

 まさに大企業は、メタボの身体で、もう食べられないと言う状態で、隣のメタボがまだ食っていると言うだけで、上を向いて口をあけ、無理やり食べていると言う状態なのです。無駄食いを止め、適度な運動をし、スリムな身体になって健康を取戻す。誰もが考える理想を、大企業は自ら取戻す能力を欠いているのです。

 今、昔の経営者が怒っています。「今の経営者はサラリーマンだ。経営者の能力もプライドもない。従業員は会社の財産だ。2年努力して、経営の建て直しが出来なかったら、頭を下げろ! 今のサラリーマン経営者は、1カ月の業績で首を切っている。首を切るなら自らの腹を切れ。」松下幸之助や本田宗一郎が生きていたら、烈火の如く怒ったであろう。

 この現状で、公方様の『徳政令』を発するのは、政治の力です。ところが、与党は言うまでもなく、政権交代を唱える野党も、何の手も打てないでいます。メタボの企業に、更に栄養ドリンクを提供しているのが実態です。それもそのはず、大企業から政治献金をもらっているのですから、メタボ怪獣の飼育員をしているようなもの。公方様の足元にも及ばない。

 醜いメタボ怪獣となった哀れな大企業に、フィットネスクラブを提供して、大企業を救済して、社会全体を正常化できるのは、企業献金をもらってない政治家にしかできない事です。二大政党などと、メタボ怪獣飼育員を激励している評論家には、早々退場願いたいものです。

2009年6月23日 (火)

???(19)

解散の YAれない麻生 時間切れ

                     KYの3乗

党首来る 応援困り 自民都議

                     アッソー

西川を 留め鳩切る 自民糖

                     石井ピン

2009年6月22日 (月)

公職選挙法の奇奇怪怪

 今日の朝日新聞の社説に「選挙とネット*利便さ生かさぬ手はない」というのがありました。急速に発達するインターネットの社会で、ホームページやブログに制約が多く、選挙にもっと利用しやすくすべき時代という主張でした。ところが、公職選挙法にはホームページやブログに関する記述は一切ありません。

 一方で実際には、選挙戦でのネットサイトの影響力は、年々、増しています。その選挙によって、立候補している陣営のネット力によって、半分はインターネットの力で勝敗が決ると言う選挙も現実です。

 社説氏の言うには「……むろん、ネットになじみのない有権者に対しては、従来の紙媒体による運動をそのまま継続すればいい。……」ということですが、この従来の紙媒体による公職選挙法の規制が、実際は問題なのです。

 告示(地方選挙の場合)・公示(国政選挙の場合)の前に、「〇〇選挙に立候補する」とチラシに書くと、事前運動と言うことで公職選挙法違反になります。告示・公示後には、立候補者の名前や写真は、殆どのチラシに記載できなくなります。

 選挙管理委員会を管轄している総務省は、このチラシを制限している奇妙な公職選挙法の規定を、ホームページやブログに援用する見解を通達しているだけの話です。ですから、公職選挙法がネット選挙を規制しているのではなく、紙媒体の従来の選挙運動を制限している事が、ネット上の規制となっているのです。

 さて、社説氏の誤解はともかくとして、この公職選挙法の奇怪な規制は何でしょう。候補者とマニフェストが有権者に伝わってこそ選挙です。選挙期間中に公職選挙法で認められた『法定ビラ』でさえ、候補者の名前や写真が掲載できないのです。候補者の宣伝カーと会派の政策宣伝カー以外では、候補者の名前や政策は訴える事が出来ません。狭い地域での選挙ならいざ知らず、県知事選挙となると、全県で2台しか宣伝カーは走らせる事が出来ません。

 現職が圧倒的に有利になることが前提のような公職選挙法。だから無能なタレント(タレントとは能力のある人のことを言う)候補を擁立し、裏からコントロールするような政治になるのです。

 選挙は買収でするもの、「そっとして眠っている有権者の目を覚まさせぬように……」という政治かも出てくる始末です。このような公職選挙法は、先進国では見られないことです。政策を競ってこそ選挙です。

 ともあれ、書きたいことが山ほどあるのですが、兵庫県知事選挙の告示期間中なれば、我がブログでも書けることは制限があります。告示前に、事前運動にならない範囲で、もっともっと書いておけば良かったのですが。お金と暇があればと、常々思います。しかし、多くの有権者のためになる政策は、そのうち多数者に理解されるようになるでしょう。

2009年6月17日 (水)

練習することが楽しいのが音楽!!!

 ピアノの調律師として、仕事の最後に、パネルを磨き上げるのは当然の仕事と思っています。日本のピアノは黒の艶出しが多く、汚れが目立ちます。他の調律師でパネルを磨かない人があまりに多く、私などは結構、お客さんに喜ばれています。

 一概にパネルを磨くと言っても、相当な技術力がなければ、綺麗にはならないものです。お客さんが磨くレベルでは、技術者として失格と言うべきでしょう。初めてのお客さんであれば、美しさに驚かせなければ素人でしょう。

 さて、綺麗になったピアノを見て、お母さんはお子さんに、「汚い手で触らないで!」というものです。そこで私は「いいえ、1年かけてしっかりと汚してください。綺麗で使われていないピアノは不幸です。しっかりと汚して、思う存分使われているピアノは幸せです。」と言う事にしています。

 思いっきり遊んで、又は働いて、しっかりと汗をかくから、お風呂は爽快なのです。汗をかくからジットしていては、達磨大師になってしまいます。

 とにかく、ピアノは触って弾いて、思いっきり楽しんで欲しいのです。音楽と言うのは、プロは別として、それをしたからといってお金になるわけではありません。言ってみれば無駄な事をするが音楽です。そのムダが、心を癒したりする。そこに音楽の意味があります。ピアノは、そのお手伝いをするものですから、汚れる事を気にしてはいけないのです。

 我々がパネルを磨くのは、どんなに汚しても、また綺麗になりやすいように細工をしているだけなのです。それに、汚しても汚くしても、また再生した喜びを、ほんの一瞬、感じてもらえばそれでよいのです。

 そんなピアノですが、実はレッスンと言う苦痛で、お子さんにとって有難くない存在の事が多いのです。最近のレスナーは、お子さんに喜ばれる工夫をしていることが多いのですが。しかし、まだまだ井口基成・斎藤秀雄という時代のレッスンを引きずっている事があります。

 「練習は辛いが、それを乗り越えたら、素晴らしい世界が開ける。」そんな現実的でない命題で、面白くもない練習を強いられる事が多いのです。それは子供の個性や能力を打ち砕き、才能の目を摘むことにしかなりません。

 私の幼い頃は、小学校2年の頃まで、家にラジオもなかったのです。時々、叩かなければ鳴ってくれないような、大きな真空管が赤く灯ったような木箱のラジオでした。音が良い訳はありません。それに、今日のように24時間、放送があるわけでもありません。朝と夕方の時間にしか放送はなかったように記憶しています。音楽番組も、めったにありはしませんでした。音楽と言えば、パチンコ屋の軍艦マーチくらいのものでした。

 今のお子さんは、お母さんのお腹の中で、既に世界の音楽を聴いて育っています。クラシックは音楽の基本だと勘違いしている向きは多いのですが、100年も200年も昔のヨーロッパ地方で、貴族社会の中だけで行われていた辺境な音楽と言うのが実際です。

 不幸な歴史と言うべきですが、アメリカ大陸にヨーロッパ人が入植し、労働力としてアフリカの民を奴隷として連れてきました。その民こそが、現代音楽になくてはならないリズムの天才達でした。ジャングルの中で、打楽器を言葉のように操り、ヨーロッパになかったリズムを西洋音楽に挿入しました。北米ではジャズに、南米ではラテンとして発達しました。これにはヨーロッパ人が飛びついたのは、歴史の事実です。

 ところで、現代音楽は12平均律という音階を使用しています。固定音楽器が総て12平均律になっていますので、総ての音楽家も人々も、その音階感覚しか持ち合わせていないのが現実です。この音階は、4度も5度も3度も6度も、すべて不協和音になります。そのような感覚から、和声(ハーモニー)も複雑なものが取り入れられています。どんな和音を使ってもOKという時代なのです。

 これらのリズムもハーモニーも、実はクラシックの時代にはなかったものです。現代の複雑なリズムとハーモニーを会得している子供達には、クラシックは単調で退屈なものに聞こえても、文句は言えないものなのです。現代のクラシックと言うのは、ビートルズの事だといった人がいますが、それが正解と言えるのではないでしょうか。

 東洋人と旧東ヨーロッパの人々の中でだけ、珍重されるクラシックですが、悪いものとは言いません。日本でも雅楽を未だに保存しようと言うのですから、文化財的価値もあり、時に新鮮に感じたりするものです。とはいえ、発達した感性の子供さんに、押し付けてよいものとは言えないでしょう。

 話が外れましたが、音楽をする際に、練習が楽しくなければなりません。音楽が飯を食わせてくれるわけでもありません。無駄な事をして喜ぶのが音楽なのです。無駄のない人生なんて、気の抜けたビールのようなものです。その音楽をするのに、辛くてどうすると言うのでしょうか。

 煽てられれば、豚も木に登るのです。音楽なんて、そんな乗りで良いのです。上手になんかならなくても、その人が楽しければ音楽です。練習が辛いなんて、それは『音苦』とでも言うのでしょうか。カラオケでへたくそなのに、マイクを離さない人がいます。周囲は迷惑ですが、本人が気に入っているのですから、それはそれで結構なことです。

 右手の人差し指で、唱歌をポツリポツリ弾く御婆ちゃんがいました。その時の嬉しそうな顔は、今でも焼きついています。これが音楽でなくて、何が音楽なのでしょうか。他人の同意を気にするようなものは、音楽ではなく、演芸に過ぎません。

 私はタキシードを着た演芸よりも、嬉々としてピアノと戯れる子供の音楽の方に価値を感じるのです。

2009年6月16日 (火)

火事でもないのに臭いです

 麻生内閣は支持率の低迷で、解散が出来ずにズルズル来てしまいました。しかし、衆議院の任期は9月で切れますので、8月にはいよいよ総選挙となります。民主党が政権交代なんて言っていますが、西松建設疑惑で小沢元党首が引退せざるを得なくなりました。結局、民主党も自民党と同じ体質です。党首を辞めても、選挙となると小沢さんの金力が必要な民主党ですか?

 さて、今度の総選挙では自民党も民主党も、単独過半数は不可能でしょう。そうなると考えられるのは保々連合しかありません。自民党も民主党も、国民に訴えて世論を喚起し、法律を作るということは出来ない政党です。国民に知られると、具合の悪い事が多いようです。そうすると、議会で過半数を持っていなければ、何も出来ないことになります。政策なんて関係なしに、とにかく過半数の議席を集める為には、なんでもありというのが本音でしょう。まっ、政策も共通すると言うのも正しいでしょう。

 さて、選挙では対立するかのように装って、総選挙後に合体するのでは、国民騙しか公約違反か? そうなると衆議院も参議院も圧倒的過半数! 何でも法案は通し放題ですね。憲法改悪の準備は着々と進んでいます。世界に誇る憲法9条を取っ払って、戦争特需を狙う財界の要求がきな臭いです。

 今の若い人は知らないと思いますが、第二次大戦後の荒廃した日本経済に、朝鮮戦争は物資調達の戦争特需として大きな経済効果がありました。しかし、それは日本が戦場にならなかった時の話。他国と言えども戦争の被害者は絶大でした。戦争は起こすべきではありません。今日の戦争は、勝者のない戦争です。アメリカもベトナムで、アフガニスタンで、イラクで大変な敗北を喫しました。そして、被害国も大変な惨状といえるでしょう。

 北朝鮮のミサイル発射や核実験、拉致問題も解決していません。しかし、かといって朝鮮半島で戦争が起こって喜ぶことは出来ません。北朝鮮の年間軍事費は200億円で、自衛隊は5兆円です。アメリカがベトナムを攻撃した時の国力差位かもしれません。でも、アメリカは敗北しました。

 財界の好戦勢力は朝鮮有事で、数10兆円の戦争特需を当てこんでいる事でしょう。800兆円の借金があるのだから、国民に消費税を払わせれば済むくらいに考えている事でしょう。でも、70万人のボートピープル(戦争難民)が日本に押し寄せて、中には戦争相手国の工作員もいる事でしょう。日本の原発は無防備です。戦争に耐えられるでしょうか。

 戦争に勝利は有り得ませんし、絶対に起こすべきではありません。が、軍需産業にとって、戦争特需を狙う勢力の存在が、きな臭いのは私だけでしょうか。北朝鮮問題は国際的世論で包囲して、道理をつくして解決すべきでしょう。でなく、やたらと好戦的発言が多くなっていることに懸念があります。

 近づく総選挙で、好戦勢力を多く含む、自民党や民主党でよいのでしょうか?

2009年6月15日 (月)

田中耕太郎 de 兵庫をカエル! (演説会の案内)

Photo1202

 ネットサーフィン中に、波に衝突して当ブログに沈没した諸君! 沈没ついでに、兵庫県政を変えてみないか? 7月5日は兵庫県知事選挙の投票日と錯覚している君! 知事をカエル日であることを知ってください。

 兵庫県がオレンジ色に染まる日。それは財界による官僚政治に終止符を打ち、県民による県民の為の県政になる日だ。

2009年6月10日 (水)

田中耕太郎 de 兵庫をカエル! (政策を聞く会だヨ~!)

Ktanaka

憲法が輝く 兵庫県政をつくろう

弁士

田中太郎 代表幹事

がお話します

6月15日(月)7:00p.m.より

尼崎労働福祉会館にて

憲法どおりの兵庫に

いのちとくらし最優先

「県民にやさしい県政」

「人が人として尊敬される兵庫県政」をめざして

元気一杯奮闘中!!

憲法県政の会 代表幹事

石川康宏(神戸女学院大学教授)

も訴えます

お問い合わせ

憲法が輝く兵庫県政をつくる会

神戸市中央区花隈町32-10 第1篠原ビル1F

TEL(078)362-1805

Ama_roukan

阪神尼崎駅から徒歩10分。北へ680m

2009年6月 9日 (火)

“焼酎”と“こだわりグルメ”ファン集まれ!

Kakashiya_omote

 美味しいものを求めて、こだわっている君たち! 一度、覗いてみて後悔しないお店を紹介しよう。『お好み焼』のお店です。愛想もクソもないマスター、ひたすら素材と焼く事にこだわっています。一方、穏やかで優しいママの、ホッコリ居心地の良い手料理。まっ、一度ご賞味あれ。

Kakashiya_chizu

 あっ、残念! 西宮市津門大箇町10番に辿り着けない諸君は、諦めて頂きたい。阪急電車(今津南線)の西宮北口駅と今津駅の間に、阪神国道駅があります。その駅から東に国道2号線を歩いて300mの所です。

 日曜日は定休日。午前11時~午後2時頃までと、午後5時~午後11時頃まで。頃までというのは、「売り切れゴメン」と言う事だ。お昼の『お任せ定食』は¥750とリーズナブル。夜の部は、多彩な焼酎も注目と言うところ。ななな何と、あの『魔王』が一杯¥950です。『兼八』なども揃ってます。

Kakashiya_syouchyu

 小生、還暦まで無駄飯を食らいながら、まだ酒の味が分からない。同僚が「あれが良い、これが良い。」と評論するのを聞いて、これは只者の店ではない事を知ってしまった。黒板の「本日のサービス」に、我意を得たり と言うものがあれば、ラッキー!!

Kakashiya_kokuban

 お好み焼は¥650より、色々ある中で、お勧めは「モダン焼き」。本物の黒豚しか使わないこだわり、ボリュームの大きさ。小食の方には向かないかもね。ぶらり覗いてみて、損はない。ただし、子供同士の行くお店ではない、家族ずれは別ですが。

 とにかく、行ってみるしかないよな。